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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)12853号 判決 1971年12月23日

原告 国分佐昭

右訴訟代理人弁護士 安達十郎

被告 木下達男

右訴訟代理人弁護士 竹原茂雄

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告

「被告は原告に対し金三一万二、五〇〇円およびこれに対する昭和四五年五月二一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行宣言。

二  被告

主文第一、二項同旨の判決

第二請求原因

一  原告は昭和四三年六月初旬頃被告との間で、被告が訴外美建工業株式会社から請負った、鎌倉市大字腰越の金尾氏邸宅(木造二階建、床面積二八・五坪)、清友氏邸宅(木造二階建、床面積三〇・四五坪)の住宅新築工事のうち、木工工事(大工工事)を次の約定で下請負契約を結んだ。

1  請負代金 坪当金一万四、〇〇〇円を目標として、大工日当金二、五〇〇円の割合で計算した額を支払い、大工の交通費は別途支払うこと。

2  請負代金の支払方法 月に二回(一五日と月末)に、工事の進行に従い、右1の割合により計算した金額を支払うこと。

3  建築材料は被告において供給すること。

二  原告は右約定に基づき、同年六月一七日頃まず金尾邸宅の工事に着手し、次いで同年七月三日頃清友邸宅の工事に着手し、両者並行して同年八月四日まで工事を進行したが、八月五日以降被告から材料を支給されず、かつ工事内容が明確にされなかったため、工事中止のやむなきに至った。

三  右のように原告は被告の債務不履行により、本件請負工事を中止するのやむなきに至ったのであるから、被告は原告に対し、右工事中止の日までの間の前記約定に基づく請負代金を支払う義務がある。

しかるに、被告は原告に対し七月一四日までの工事代金として金三五万円を支払ったのみで、七月一五日から八月四日までの工事代金(工事に従事した大工の延人数一二五人)金三一万二、五〇〇円を支払わない。

四  よって原告は被告に対し金三一万二、五〇〇円およびこれに対する昭和四五年五月二一日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三被告の答弁および主張

一  請求原因一項のうち、原告主張の請負契約の内容1、2の点は否認し、その余の事実は認める。請負代金は坪当金一万四、〇〇〇円とし、釘、金物類は原告の負担で、建築用木材のみを被告において支給する約であった。

同二項のうち、原告が本件請負工事を中途でやめたことは認めるが、その余の主張事実は否認ないし争う。

昭和四三年七月頃元請である美建工業の古泉社長から被告に対し原告の施工している大工工事の内容が粗雑であるから全面的に手直しするようにとの要請があり、被告はその旨原告に申し入れたところ、原告は七月二〇日頃から本件建築工事現場にこなくなり、八月五日には最終的に現場から引き上げてしまったものである。

同三項のうち、被告が原告に対し工事代金として金三五万円を支払ったことは認め、原告主張の間工事に従事した大工の延人数の点は不知、その余の主張は争う。

被告が支払った右金員は原告の施工した工事の出来高に応じたものであり、それ以上の金員の支払義務は存しない。

第四証拠関係≪省略≫

理由

一  原告が昭和四三年六月初旬頃被告との間で、被告が訴外美建工業株式会社(代表取締役古泉好道)から請負った、鎌倉市大字腰越の金尾氏邸宅(木造二階建、床面積二八・五坪)および清友氏邸宅(木造二階建、床面積二〇・四五坪)の住宅新築工事のうち、木工工事(大工工事)につき下請負契約を結んだことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、右請負契約の内容は、請負代金についてはいずれも坪当金一万四、〇〇〇円と約し、金尾邸宅につき金三九万九、〇〇〇円、清友邸宅につき金四二万六、三〇〇円、合計金八二万五、二〇〇円の約であり、なお釘、金物類は原告が負担し、建築用木材は被告が支給するとの約であったことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

二  そして原告が本件請負工事の一部を施工したのみで、中止したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を綜合すると、以下の事実が認められる。

(一)  本件請負工事は訴外西武建設株式会社の西武西鎌倉分譲地内の住宅新築工事の一部であり、右西武建設(第一の元請)から美建工業、被告へと順次下請され、さらに原告が被告から前記のとおり右二棟の大工工事を再下請負したものであるところ、原告は自己の雇入れた大工五、六名とともに昭和四三年六月中旬頃まず金尾邸宅、次いで七月初旬頃清友邸宅の各新築工事に順次着手し、両者並行して工事を進めた。

ところが、時々工事の現場に赴いて監督もしていた元請の美建工業小泉社長は原告の施工した工事内容が粗雑で、設計図どおりに行なっていない箇所もあって手直しを要する部分があるとして、七月中旬頃から再三被告に対し原告に工事の手直しをさせるよう要求してきたので、被告もその都度原告に対し工事の手直しを求め、原告において、金尾邸につき格子や窓枠等の工事をやり直したこともあった。しかし原告は所要経費等の関係で被告の工事手直しの要求に十分応じなかったため、なお工事内容に杜撰なところがあり、また原告側の大工が本件工事現場を空けることもあったので、七月末日頃美建工業の小泉社長は被告に対し原告ら大工を変えるよう申し入れるに至った。これに対し被告はなお原告による工事の完了に期待して原告に対し工事の手直しを求め、また建主から直接原告に対し工事内容の変更を求めるというような事情等もあったため、原告は八月四日頃工事の続行をやめ、工事現場から道具類を引上げた。その後間もなく被告は電話で原告と折衡したところ、原告にはもはや工事続行の意思がなく、被告も小泉社長の意向をも参酌して他の大工に残工事を施行させることとした。

その際原告は被告に対し、工事残代金を七月一五日以降の大工の出面によって支払うよう求めたが被告はこれを拒絶した。その後八月一九日原告は再度被告に対し右残代金の支払いを求めたところ、被告は、原告の工事の出来高によってなお残代金支払義務があれば支払うが、現時点ではそれが確定していないので、あと二ヶ月待ってほしい旨述べ、その旨の念書を原告に差入れた。(右念書の趣旨は右のとおりであって、当時は原告の施工した工事の出来高が明確でなく、残工事の請負代金額をも参酌する必要上、原告の残代金支払義務の存否、金額が確定するまで待ってほしいとの趣旨であることが認められ、右念書によって一定額の残代金支払義務を被告が認めたものとは解せられない。)而して原告が本件工事を中止した時点で原告の施工した右二棟の大工工事の出来高は、金尾邸宅については、中造作の約半分、壁下地、床張り等を残して約八割、清友邸宅については、建前(上棟)をして、床下地等を終えたばかりで、約三割の各出来高であった。

(二)  その後美建工業の小泉社長は原告ら大工の代りに訴外菅市工務店こと菅原一郎に残工事を請負わせることとし、同訴外人は美建工業および被告との間で、本件大工工事の残工事につき、大工等の日当金三、〇〇〇円の約で下請負契約を結んだ。右菅原は八月一〇日頃から右工事に着手したが、原告の施工した工事内容が粗雑で、そのまま続行したのでは工事完了検査にも合格しえないおそれがあったので美建工業の小泉社長やその元請の西武建設の担当者の指示により、金尾邸宅については原告の施工した出来高の約三割方をとりこわし、あらためて作り直し、清友邸宅については、梁が垂直でないため、それを直し補強材を入れるなどの修正工事を施した上、残工事を施工した。したがって原告の施工した本件工事の前記出来高のうち右菅原ひいて被告において利用しえた分は、菅原において手直しした分を控除すると、金尾邸宅につき約六割、清友邸宅につき約二割であった。

被告は菅原に対し右約定に基づき五回にわたり合計金七八万円の工事代金を支払った。ところで右二棟の各完成予定期限は金尾邸宅につき同年九月三〇日、清友邸につき一〇月二〇日の約であったが、一〇月半ばに至るも両邸とも完成しなかったため、美建工業は工事の遅延等を理由に被告との請負契約を解除した。もっともそれより先の一〇月初頃、被告は美建工業から右二棟分の全工事のそれまでの出来高に応ずる請負代金を受領していた。なお右菅原はその後も本件工事を続行し、右二棟を完成させた。

以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

三  そこで前記認定の事実に基づいて考えるに、請負人が工事の一部を施工したのみで中止した場合でも、注文者(元請人)側において、すでになされた工事を基礎とし、その上に継続して第三者をして残工事を施工させた場合、注文者(元請人)は請負人(下請人)の仕事の成果を取得利用することによって利益をうるものというべきであるから、請負人(下請人)の施工した工事の出来高に応ずる報酬支払請求権を有するものと解すべきであり、なお第三者が残工事の施工に際し、請負人が施工した工事の一部を手直しした場合、当初の出来高から手直し分を控除して、請負人の出来高を判断すべきものと解せられる。

本件の場合、被告において取得利用しえた原告による前記二棟の大工工事の出来高は前認定のように結局金尾邸宅につき六割、清友邸宅につき二割と認められるところ、被告は原告に対し、右出来高に相当する報酬支払義務、すなわち金尾邸宅につき金二三万九、四〇〇円、清友邸宅につき金八万五、二六〇円、合計金三二万四、六六〇円の支払義務を負担したものというべきである。而して右金額は被告が原告に対し支払ったことにつき争いがない金三五万円の範囲内であることは明らかであるから、右弁済により被告の原告に対する本件工事の請負代金支払義務は消滅したものといわなければならない。

そうとすると原告の本訴請求は失当として排斥を免れない。

四  よって原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉川正昭)

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